まちのおとレポート

日吉郷土史会の市川勝一さんと幸区の歴史散歩

さいわい忠臣蔵外伝〜赤穂浪士討ち入りの日にゆかりの地を巡る〜
#まちのおとまちあるき

2021年12月14日「赤穂浪士討入の日」

12月14日午前10時、鹿島田駅集合計8名、小雨模様。
ご案内いただくのは、日吉郷土史会会長の市川勝一さん。

募集開始後、情報が入る。赤穂義士ゆかりの寺 稱名寺の「赤穂義士遺品一般公開」は、新型コロナウイルス感染症予防の観点から、本年は午後1時から4時のみとのこと。

当初予定では、下平間「稱名寺」と加瀬山「了源寺」を訪ねる予定でしたが、公開時間と雨天の為、近隣歴史探訪に変更することになりました。

1.高所から幸区を望む

まずは、日吉第一地区を上から見てみようという事で、鹿島田・新川崎地区の高所から周囲を眺めました。
あいにくの天気でしたが、多摩川の曲がりが地図と同じことの確認、周辺の鶴見川、いつも見上げている加瀬山(標高33m)・慶応山を眼下に、稱名寺、了源寺、横浜、新横浜、日吉、鶴見、横浜等の位置関係も確認できました。

2.新鶴見機関区

ゆるい登り坂を、貨車列の一番後ろから蒸気機関車がゆっくり押し、先頭の貨車は坂の頂上で連結を切り離され、重力で坂を下り、切り替えられた線路に入り、自動制動装置で減速された貨車に連結士が飛び乗り、ブレーキ操作で前に止まっている貨車にゆっくり連結。

現在この機関区は電気機関車の整備工場と車庫の役割をしており、ここで機関車の交換が行われます。主に、電気機関車「桃太郎」は大阪方面、「金太郎」は東北青森まで、「ブルーサンダー」は高崎方面に貨物列車を牽引してゆきます。

3.鹿島大神

操車場建設で、数十m西から今の場所に移転してきました。
鹿島田の地名の由来は、この付近は鹿島神社にお米を納めていた田んぼだったので、それが地名に。鹿島神社に納めるようになったのは、当時の年貢米節税対策。

4.表札

住宅の表札を見ながら歩くと気づきます。同じ表札の家が何軒もあり、大きな家が多いのです。あえて名前は書きませんが、すぐ気づきます。

5.朱印橋

鹿島田地区で残る鎌倉街道はここだけとのことです。綱島、矢上橋、朱印橋、平間の渡し(ガス橋)、池上方面に続く道です。

6.二ヶ領用水

この地区の歴史で外せないのがこの用水で多摩川上流の上河原と宿河原に取水口があります。南武線の旧府中街道踏切の近くに、大師堀と町田堀の名残がありました。

大師堀の流れに沿う散策路を鹿島田商店街まで歩き解散となりました。

いつもよく歩く道ではありますが、改めて解説を聞きながら歩くことで、新しい発見があり、雨天が気にならない楽しい散策となりました。

解散後の懇談会は、結局全員が新川崎アトリウムに集まり、カップコーヒーを飲みながら歴史の話等で30分以上談話しました。

企画して下さった方々、説明して下さった市川会長さん、ありがとうございました。

(文:立花和宏)

【さいわい忠臣蔵外伝〜赤穂浪士討ち入りの日にゆかりの地を巡る〜】
●日時:2021年12月14日(月)10:00~11:30
●場所:鹿島田駅近郊
●参加者対象:幸区に興味のあるかたどなたでも

【参加者募集】12/14まちあるき「さいわい忠臣蔵外伝~赤穂浪士討ち入りの日にゆかりの地を巡る~」

【忠臣蔵から知る幸区の歴史】
●日時:2021年12月14日(月)11:30~12:30
●場所:アトリウム
●参加者対象:幸区に興味のあるかたどなたでも

【参加者募集】12/14地域交流会「忠臣蔵から知る幸区の歴史」

 

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